○椎間板ヘルニアン憲法第八条
第八条 : 社会は「健康体」を前提にした仕組みと理解する事。
椎間板ヘルニアが発症し、生まれて始めて日常生活に不自由を感じるヘルニアン。
そんなヘルニアンがぶつかる「リアルな問題」とは何か。
社会は健康体の人間を「基本」として作られている。
これは、休む事を許されない経済社会の掟です。
椎間板ヘルニアで身体が動かなくなると、これを痛感する事が一気に増えます。
- 病院に行く以前に、身体をお風呂で洗えない。
- 洗面台の前に立つ事すら無理。
- 階段すら満足に上れないし下れない。
- 靴下履くなんてもってのほか。
- そもそも、布団から立ち上がるのに何分かかるんだ?
- タクシーを呼んでも玄関先までが大変。
- タクシー降りても病院の玄関から受付までが大変。
- 公共交通機関なんて、乗り降りするので日が暮れそうだ。
身体が思うように動かない自分を社会は待ってくれない。自分は取り残される。そんな感覚を覚えるくらいに、沢山の制約や「申し訳ない」という気持ちが溢れてきます。
- タクシーの乗り降りを「じ~っと」待ってもらうのが申し訳ない。
- 忙しい病院の診察室に入って座るまでの時間が申し訳ない。
- 診察が終わってから待合室に戻るまでの動きが申し訳ない。
- 誰かの手助けが無いと何もできない自分が申し訳ない。
- 忙しい時期に会社を休んで申し訳ない。
- 人員に余裕の無い会社なのに、休んでしまって申し訳。
自分の無力感をこれでもかと言うくらいに痛感するのです。
でも、悩めるヘルニアンにこう伝えたい。
決してそれは恥ずかしい事ではない!
身体がそんなになるまで頑張った証拠です。今は休めてあげる時です。
悲しいかな、今の日本は「バリアフリー」などと到底呼べる国ではありません。
腰が立たない、曲がらないだけでも「普通の生活」が送れなくなる「常に流れる」社会です。
止まる事が基本許されない、想定されていない仕組み。
これは実際にヘルニアで悩み、労災申請をしたり療養生活をした人の殆どが感じた事だと思います。
様々な仕組みがヘルニア患者を助けてくれそうな印象を受けます。
でも、実際に申請をして、受理をされ、実際に給付をされる道程はとても険しい。
判子一つ、診断書一つで「ハイ、OKです」となる社会では無いのです。
そんな複雑な折衝をこなせる余裕がヘルニアンにあるでしょうか?
見てきた限りは無い人の方が圧倒的に多い。
それ以外にも移動費のこと、治療費の事。生活費の事。
単純に収入がなくなるだけではないのです。
様々な出費(主に移動費)が重なるので、負担倍増なのです。
それだけでも頭が痛いのに、更には「職場復帰」の話が早々に会社から出るなど。
ヘルニアンの身体の状態を無視して世の中は流れていきます。
この濁流に飲まれず、自分の心をコントロールしてどう乗り切るか。
独りで抱え込む必要はありません。
自分と同じ経験で悩んでいるヘルニアンは必ずいる。だったら相談すればいい。
ヘルニアン同士助け合えば良いのです。
今の世の中、経済社会は「常に流れる社会」です。
我々ヘルニアンは流れの中で一時停止を余儀なくされた立場です。
だから、流れに乗ろうと思わない事。
今の状態を改善させる、元気を取り戻すという目標を置き、ヘルニアン用の流れを自分で見極めて前に進んでください。
「発症前の自分」に執着をすると、完全復帰が遠のいてしまいます。
社会との距離感を見極め、
自分のペースを掴め!
人生においてはほんの一時。






